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「オタク・イズ・デッド」が面白い。

2006.8.18

コチラは今年の5月に新宿ロフトプラスワンにて行われた
岡田斗司夫さんのトークショーの様子を収録した同人誌なんですが、
なかなか読んでいて感慨深いものがありました。

以下私見による文章ですんでご注意を。

どんな内容かといいますとオタク内でも
「萌えオタク」「ミリタリーオタク」「フィギュアオタク」などなど
細分化と多様化、そしてここ10年くらいのオタク人口の増加によって
「オタク」の定義や位置付けが曖昧&薄くなってきた現在、
オタクはどこにアイデンティティを求めて行けばいいのか、っつう内容です。
自分で「オタク」を名乗ろうとも、オタクの定義が曖昧になった現在
本当に自分は「オタク」と言えるのか。「オタク」というラベルを剥がされたとき
自分はどうやってアイデンティティを確立すればいいのか、という感じ。

オタクの定義や位置付けが曖昧&多様化してきた経緯や原因については
本書で色々と語られているんですが、ちょっと割愛します。

で、この「自分は本当にオタクと呼べるのだろうか」っていう疑問は
私的にはものすごく共感できる疑問だったんですよね。
人それぞれ意見はあるでしょうけれども、僕自身は人間ってなんだかんだ言っても
アイデンティティを確立するための何かしらの「拠り所」が無いと
生きて行けないんじゃないかと思うわけです。

本のほうでも岡田氏が書いてますけれど、日本ではまず贅沢を言わなければ
バイトでもなんでもして、普通は食べていくことができる。
普通に食べて行けることが、ある程度保証されている日本では
「食べて行く」こと以外に働くことや生きることに目的を求めてしまうわけで。
自分は何をするべきなんだろう、自分の人生はこのままでいいんだろうか、と。
自分の目で確かめたワケじゃあないんで何ですけれど、
昔の日本にはそうした悩みってのはほとんど無かったらしいです。
農民の子供は農民になるし、武士の子供はやはり武士になることが決まっていた。
生き方が選べる自由というのはごく限られた、お金持ちの人達の権利だったわけですね。

しかし現代では大多数の人が、自分の生き方をある程度自由に選べるわけで。
ですが自由になった反面、今度は「どう生きていけばいいのか」という
悩みが生まれるようになったと。決めるにも判断基準が無いんだから困ったもんですね。
そこで登場した判断基準が「学歴」「お金」「恋愛」などなどの要素なんだそうで。
こうした価値観が出てきたことで人は自分が今どれくらい幸福なのか、
これからどーやっていけばもっと幸福になれるのかが計測できるようになったわけで。

そうした判断基準の中に、元々侮蔑語の意味合いが強かった
「オタク」という言葉が混じりだしたのはここ10年くらいのことなのかな。
「エヴァ」や岡田氏の「オタク学講座」が出た頃くらいからでしょうか。
いつの間にか「オタク」という要素は自身の幸福度を計るモノサシっつうか
ステイタス的なモノになっていたような気がします。

「アニメ」「漫画」といったオタク内の共通言語を身につけることで、
オタクというコミュニティに参加することができる。
オタクであると宣言することで、オタク社会への参加が可能になる。
この仕組みは、一部の人達にとって世の中を生きていくことを楽にしてくれる、
そんな仕組みであったとも言えそうです。
こうした仕組みはオタクからちょっと距離が遠い「恋愛」「ファッション」
といった場所にも実は共通の仕組みがあって、
結局どの場所に属している人にしても、どんな人にしても
自分を何かの言葉にカテゴライズすることによって
アイデンティティを得ていただけの話なんじゃないかと。

もう色々なところで言われているかもしれませんが、
そうした視点で見てみると本田透氏の主張にしても
結局「キモヲタ」という属性を自分に課すことによって
自身のアイデンティティを得ているわけで、
実は恋愛資本主義に身を捧げている女性と部分的には
あんまり変わらないんじゃないか、なんて思ったりもします。

そういう風に思ったときに、果たして自分はオタクを名乗るべきなのか、
オタクと名乗ることで根本的な問題から目を逸らしているんじゃないか、
と考えてしまったわけでして、そういった意味で
「オタク・イズ・デッド」を読んで色々と感慨深かったわけです。
その割には思いっきり「オタクとデザイン」とか言ってますけど!!
いや、まあタイトルとかコピーは分かりやすいモノに尽きると思ってるんで、
そのへんは目をつぶって頂きたいところなんですが。え?ダメっすか!?

まあともかく「オタク」だとか「恋愛至上主義」だとか「B-BOY」だとか
「童貞」だとか「ゲド戦記」だとか「ファッション」だとか、
色々使いやすくて便利な言葉は多くありますけれど、
そうした用意された便利な言葉ってのにあんまり頼ってしまうのは考えモノだなあ、と。
「オタク・イズ・デッド」でも最後のほうで岡田氏が
「自分の好きなものを好き」と他人に伝えることを考えよう、的なことを言ってましたが
ホントこれから本当にオタクであることを名乗っていくならば、
そうした作業が必要になってくるんじゃないかと。
他人の言葉をそのまま借りてアイデンティティを確保しているだけでは、
自分から新たな価値をつくっていくことはできませんし、
オタク市場も大きなブレイクスルーを迎えることはできないんじゃないかと。
そこにマーケットが無くても、自分が面白いと思うモノを他人に伝えて、
新しいマーケットを開拓していくことが、なんだか大切な気がします。
「オタクとデザイン」もそうした企画に育てていきたいもんですね。
「自分が面白い」と思うモンを他人に伝えるのに、コミケをはじめとする
同人業界ほど適した場所もなかなか見当たらないと思いますし。

とまあなんだかえらく長文になりましたが、
最後、にじうら的な言葉でしめようかと思います。
「エンジョイ&エキサイティング!」
うーん、しまらない。


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